9/9の週に名古屋でOR学会のシンポジウムや研究発表会を聴いてきた。
そこで興味深かった事例研究の話と、事例研究の発表がなぜ難しいのかについて書いてみたい。
配合計画
研究発表会の2日目には企業事例交流会として事例研究の発表がいろいろあった。 その一つが飼料の配合計画の話。
これは動物に与える飼料を複数の原料をうまいこと配合して作ろうという問題。
飼料販売では原料費のコストが売上の9割を占めていて、営業利益は2%とかなんだとか。 そのため、原料費を抑える必要があるとのこと。 最近は原料費や輸送費の高騰もあって、その重要性はさらに増しているらしい。
解きたい問題は、複数の原料を混ぜ合わせる量を決めて、成分などの制約を守りつつ、原料コストを最小化するというもの。 これ自体は典型的な線形計画(LP)の問題で、ソルバーとかを使って簡単に解ける。 「マクドナルドのメニューだけで1日に必要な栄養をとるにはどうしたらいいか?」みたいな記事をネットで見かけるけど、それと同じなので。 実際、LPの問題として解いてくれる既存のソフトもあるとのこと。
面白いのはここからで、実際の業務だと他にもいろいろ要件が入ってきて、単純に適用するだけでは不足することも。 運用上の問題とかもあったりね。 そこでいろいろ工夫が必要になってきて、それらの課題をどうやって解決していったのかという知見が事例研究の肝となる。
今回の場合、次のような要件が追加で必要だったとのこと:
- 有効桁数を考慮する必要がある(細かい量は実際には取れないため)
- 成分値の丸め計算にクセがある(総和を丸めるのではなく、原料ごとに丸めてから和をとる必要がある)
- 最小計量値の制約(その原料を使うなら最低この量以上使わないといけない)
既存のソルバーで解くのだとこれらの制約が守られないことがあり、解いたあとに制約が守られるように解を調整したり、条件を調整して何度も問題を解き直したりが必要だったらしい。
ただ、これらは整数計画問題(MIP)にしてやればうまいこと条件を記述できる。 そこでMIPで記述して問題を解くようにしたと。
これにより、ソルバーを回したあとに試行錯誤する作業をなくせて、また、厳密に最適解が得られるようになったことでコストも削減できたと。 削減できるコストとしてはそれほど大きなものではないけど、前述の通り、原料費が売上の9割を占めているため、利益の増加としてはけっこう大きなものとなる。
そんな感じで、とても興味深い話だった。
なぜ発表できたのか
ただ、そうなると疑問が湧いてくる。
「なぜこの内容を発表できたのか?」
この発表は、MIPソルバーの代理販売をしているオクトーバー・スカイの方によるもので、共同研究者として飼料配合計画システムの構築を行なったユーズウェアの方の名前が挙がっている。
オクトーバー・スカイはこれによりMIPソルバーの有用性を示せるので、発表する意味がある。 また、OR学会としても数理最適化の有用性を示せるし、自分のような聴講者としても実務での話を聞けるので、とても嬉しい内容となっている。
ただ、ユーズウェアとしては発表してしまってよかったのかなと。 ユーザの手間を抑えてコストも抑えられる技術となれば、かなり重要な内容で、これを公開してしまっては他の企業との競争優位性を失ってしまうリスクがある。 また、発表したことでユーズウェアに何かメリットがあったかというと「?」なところがある。 デメリットこそあれメリットが見えてこない・・・ あえて挙げるなら企業としてのCSRの一環やアピールとなるけど、アピールしたい先とはあまりマッチしてないような。
そんなわけで思い切って質問してみたんだけど、自分もうまく質問できず。 回答としては「特許をとっているから公表できた」というものだったんだけど、それは公表できた理由であって、公表しようと思ったモチベーションの話ではないから。 うーん、なんて聞いたらよかったかなぁ(^^;
事業会社へのインセンティブをどう作るか
ORの事例研究の発表は、コンサルや研究者、OR学会、そして自分のような聴講者には非常に有益なものになっている。 なので、どんどん発表が増えてほしいというのはある。
一方で、事業会社には発表して得られるメリットがほとんどない。 もちろん企業のアピールにはなるだろうけど、マネされてしまって競争優位性を失うリスクもあるので、それに見合うのかどうか。 導入するのにもコストかけてるわけだし。
特許をとるという手もあるけど、これは防御策であって、やはり手間やコストはかかるので、それに見合うだけのリターンがないとなかなか難しい。 企業は慈善活動で働いてるわけじゃないからねぇ。
これが機械学習とかの分野であれば、利益に直結することが少ないのでまだいいんだけど、ORが扱ってるのはまさに利益に直結する部分なので、だからこそORの研究は有益なんだけど、それと同時に公表を難しくしてしまっているところがある。
公表しても問題ないとするには、基本的にはマネできないようにするか、マネされても問題ないという状況を作る必要がある。
一番シンプルなのは特許をとること。 ただ、特許をとるのは手間もかかるしコストもかかる。 それに見合うだけのリターンがないのであれば、企業秘密として扱った方が合理的な選択となる。 特許をとるにしても、いかにマネしにくいようにするかであれこれ手を入れるようだし。
あとは、手法としてはマネできるけど、必要となるデータを取得できなかったり、その他のノウハウを秘匿して、実施を困難にするという手もある。 機械学習だとこれも大きくて、学習のための膨大な実データが必要だったり、あるいは計算リソースへの膨大なコスト投入がないとマネできないというのがあったりして、マネが難しいから公表できるという側面も。
他には市場で圧倒的なシェアを持っていたりする場合も公表はしやすい。 それなら他社にマネされてもシェアを奪われるリスクは少ないからね。 競争優位性を生んでる要素はおそらく他にあり、ORの活用はそこまで重要じゃなかったりするので。 (余談だけどシンポジウムで発表のあった日本パレットレンタルはこの条件を満たしていて、業界でのシェアは1位で約半数を占めていたはず)
逆にいうと、そういう状況でない限り、公表するのはかなり難しい。 実際、自分もいろいろ発表したい内容はあるんだけど、発表するわけにはいかないからなぁ・・・
そんなわけで、事例研究の発表がもっといろいろ出てきてほしいけど、条件を満たすのはなかなか難しい。 何か事業会社側にインセンティブを作る必要はありそう。
たとえば特許取得の手間やコストをサポートしてあげて公表しても問題ない状態を整えてあげるとか。 そうすれば事業会社には省コストで特許という知財を得られるインセンティブが生まれる。
あるいは事例の公表を条件としてコンサル料を割引するとか。 金銭的なインセンティブはシンプルだけど企業としては分かりやすいだろうし。
まぁ、それでも企業側は基本的に公表を渋るだろうけど。
素朴に成果を報告しあえて全体として進んでいけるのがもちろん理想ではあるだろうけど、企業もお金を稼がないとやっていけないし、OSSで問題になってるようなフリーライド問題とかも出てくるので、現実は簡単でないんよなぁ。
今日はここまで!