いものやま。

雑多な知識の寄せ集め

『リシュルート』の昔話をしてみた。

『リシュルート』というのは、慶應の履修情報誌。
塾生総合研究所」(通称、塾総)という物々しい名前のサークルが毎年春に発行している冊子で、アンケートを元にした履修情報の他に、新入生のための情報や、インタビューなんかも載っていたりする。
慶應生以外にはほとんど知られていないだろうけど、塾生や若い塾員なら、知らない人はいないだろうというくらい有名(なはず)。

そんな『リシュルート』だけど、ふと思い立ってネットを調べてみたら、昔の情報が全然ないことに気がついた。
これはちょっと寂しいなと思ったので、少し昔の話をしてみたいと思う。

リシュルート2002

『リシュルート』が一番最初に発行されたのは、2002年。

そのときの表紙が、こちら。

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これはw
下ネタ(したねたと読む)で、「リシュルートのロゴをリクルートのものそっくりにしたところ、リクルート社法務部からクレームが来た」というのが毎年書かれているけど、これは確かにクレームが来るわwww

ちなみに、「塾生総合研究所」というサークル名も、「野村総合研究所」のパクリリスペクトだったりする。
英語表記が"Jukusei Research Institute"なのも、"Nomura Research Institute"をマネたもの。

中身はというと、こんな感じ。

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なんともアングラなw

なお、この当時はまだ「塾生総合研究所」というサークルではなく、「Reshruitプロジェクトチーム」という有志の集まりで、人数もほとんどいなかったらしい。
そして、慶應マッキントッシュユーザーズグループ(Keio Macintosh User's Group, KMUG(けーまぐ))の力を借りて、完成まで漕ぎつけたらしい。
(もっとも、KMUGはその後、塾生総合研究所に取り込まれていってしまうのだけど・・・)

ちなみに、このあたりが伝聞調なのは、自分はまだいなかったから。
当時の様子は、冊子内に書かれていたりする。

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ここにも少し書かれているのだけど、元々慶應には『CARE』という履修情報誌があったらしい。
発行はジャーナリズム研究会。
ただ、この冊子は「楽勝追求」しかせず、毎年教授会で問題になっていたらしい。
そして、アンケートも古い内容が使い回されていたらしく、かなりあてにならないものだったと自分は聞いている。

そんな『CARE』が、2001年の春に発行されなかったという事件が起こったらしい。
さらには、復活する様子もないということなので立ち上がったのが、このプロジェクト。

このように、慶應は一度履修情報誌が潰れていたりする。
最近の塾生はそんなこと知らないだろうから、『リシュルート』があるのは当たり前のことのように受け取っているだろうけど、それは実は当たり前ではなかったりする。

そして、そんな歴史があったので、『リシュルート』では『CARE』の二の轍を踏まないようにしてきたという歴史があったりする。
(おそらく最近の塾総メンバは知らないだろうけど・・・)

リシュルート2003

さて、そんな感じにスタートした『リシュルート』。
2年目となる2003年の表紙は、こちら。

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ロゴが変わってるw
まぁ、クレームを入れられたなら、仕方ないw

そして、表紙よりも注目したいのが、中身。

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見ての通り、アングラ色は消え、スッキリとキレイなデザインへ。
これは、当時デザインを行なったHさんの力が大きい。
Hさんのデザイン力は、このあとも塾総を支えてくれることになる。

それと、「発刊にあたって」には、プロジェクト立ち上げ人であり当時の編集長だった伏見さんの考えが書かれている。
『CARE』は楽勝追求一本だったけど、『リシュルート』はそうではなく、塾生と教員のよりよいマッチングを目指した冊子である、と。

このあたりは、実は授業情報の書き方にも表れていて、「難簡度」というのは、ぶっちゃけて言ってしまえば「楽勝度」なんだけど、その書き方は塾生に楽勝を推奨しているように捉えられてしまう恐れがあるので、このような言葉を造って表現するようにしたらしい。
このあたりの表現には、かなり苦労をしたみたい。

自分が入学したのは、この年。
Macが好きだったのでKMUGの部室に行ったのだけど、そしたらなんか塾総に入ってたw

リシュルート2004

3年目となる『リシュルート2004』の表紙は、こんな感じ。

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ミス慶應が表紙になるのが定番となったのは、ここから。

『リシュルート2004』で重要なのは、「リシュルート発刊宣言」。

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これは、当時の編集長だったTさんが、『リシュルート』は『CARE』とは違うんだぞ、ということを示すために書いたもの。
何度か改訂が入っているようだけど、今でも『リシュルート』に載っている。

『リシュルート2004』は自分が初めて製作に関わった『リシュルート』。
頑張ってアンケートを撒いて回収したり、集計したり、データを打ち込んだり。
あるいは、いくつか広告のデザインをやったりなんかもした。
なんとも懐かしいw

ちなみに、『CARE』ではアンケートの使い回しが行われて、情報が古くなっていたりしたことが多かったようなので、『リシュルート』ではアンケートの使い回しを一切行なっていない。
なので、毎年アンケートを取るのがホントに大変だった。
他のサークルにも協力を呼びかけ、サークルの広告を『リシュルート』に載せるかわりに、アンケートの回収に協力してもらったりもしている。

リシュルート2005

『リシュルート2005』の表紙は、こんな感じ。

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2004年と同じく、表紙はミス慶應

この年、大きく変わったのは、履修情報だけではなく、新入生向けの情報なんかも載せるようにしたこと。

実は、2004年までは、履修情報誌の『リシュルート』の他に、フリーペーパーで『LISH』(リシュ)という冊子を作って配布していた。
この『LISH』というのは、表向きは「スタイリッシュ」からの命名だけど、実際には『リシュルート』の知名度を上げたくて似た名前の冊子を作ったとのこと。
ただ、この頃になると『リシュルート』の知名度も上がってきて、逆に紛らわしいと苦情が来るようになってきたり・・・
そこで、『LISH』は廃刊にして、『LISH』に載せていたような情報や記事も『リシュルート』に載せてしまおう、ということになった。
(ちなみに、『塾生旬報』という別のフリーペーパーを出すことになる)

このようにして、2005年で今の『リシュルート』とほぼ同じ形が整ったことになる。

ちなみに、その記事の1つでは、教員に『リシュルート』をどう思っているか、というインタビューを試みていたりもする。

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このあたりからも、『リシュルート』が単なる楽勝を目指す冊子ではなく、塾生と教員を繋ぐ冊子であり、そのために何をしなければいけないかということを模索している様子がうかがえる。

リシュルート2017

ここからちょっと時間を飛ばして、『リシュルート2017』へ。

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ありがたいことに、卒業してからも毎年ちゃんと送ってきてくれているので、今もこうして見ることが出来ていたりする。
今年の『リシュルート2018』はまだ届いていないので、これが手元にある最新。

「リシュルート発刊宣言」は、このとおり、今もちゃんと載っている。

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そして、授業情報は、さらに充実したものに。

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他、新入生向けの情報もたっぷり書かれていて、ボリュームたっぷり。

厚さ比べ

実際、厚さを比べてみると、以下のような感じ。

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2002、2003は中綴じで、だいぶ薄い。
そこから2004で無線綴じになって背表紙が出来るようになり、2005では新入生向けの情報も追加したことで、その厚みもぐっと増している。
(ちなみに、2004の背表紙に何も書かれていないのは、デザインし忘れたからw)
そして、2017ではさらに厚みが増えていることが分かると思う。

登録されている講義数は、2002年で250科目、2003年で350科目、2004年で500科目以上となり、今も500科目以上の情報が載っている。


ちなみに、ツイッターとかを見ていると、『リシュルート』の情報はあてにならない、と書かれていることも。
慶應生なら、そんな頭の悪いことを書かないで欲しいのだけど・・・

一つ、分かって欲しいのは、もし仮に『リシュルート』の情報があてにならないのだとしたら、『リシュルート』をそうしてしまっているのは、自分たち自身だということ。

『リシュルート』は、これまでにも書いた通り、『CARE』の反省を踏まえて、アンケート至上主義で作られている。
ちゃんと教室にまで行ってアンケートを撒き、実際に授業を受けている人のアンケートを回収し、それを集計しているのは、アンケート至上主義だから。
ネットとかで口コミを集めたらもっと楽かもしれないけど、それだと実際に授業を受けていない人だって回答できてしまう。
それじゃあダメだからこそ、大変なのを分かっていて、こうして足で情報を集めているわけで。

高校までは、待っていれば親や教師が情報を運んで来てくれたかもしれないけど、大学に入ったのなら、そんなのはダメ。
自分たちで自律して情報を受け取り、正し、そして発信していかないと。

もし、『リシュルート』の情報と実際に授業を受けてみての感想が違うのなら、情報を正すためにアンケートに記入し、後輩や教員に情報を伝えていく。
『リシュルート』の情報が正しく、満足な授業が受けられたのなら、正しい情報を伝えてくれた先輩に報いるためにもアンケートに記入し、後輩や教員に情報を伝えていく。
そうやって情報を組織化していけば、義塾全体、さらには社会全体を、よりよいものにしていけるし、その恩恵は自分にも巡ってくることになる。

それが、何事も他人任せ、権利は求めるけど義務は果たさない、という態度で、アンケートにも非協力であれば、情報は腐るし、『リシュルート』の質もどんどん落ちていってしまう。
最終的に、自分の首を自分で締めることになる。

福澤先生は「独立自尊」を唱えたわけだけど、それってつまり、こういうこと。
責任を他人のものとせず、自分のものとして、自分が何をしないといけないのかをちゃんと考えていかないとね。

今日はここまで!