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いものやま。

雑多な知識の寄せ集め

コーダーブルームの手賀沼ライドに行ってきた。

自転車

3月も後半になり、暖かくなってきた今日この頃。
ということで、3月25日(土)にお花見ライドと称してコーダーブルームのオーナーズライドが企画されたので、参加してきた。

これまでのオーナーズライドは、以下から:

今回のルート

今回のルートは、以下のような感じ:

船橋駅北口のタイムズ駐車場に集合して、そこから北上。
手賀沼の道の駅しょうなんに着いたら、そこから手賀沼サイクリングロードを3/4周して、柏駅がゴール、という約40km強のコース。

ただ、自分が実際に走ったルートは、以下:

そう、前回までと違い、自宅から自走で行って帰ってこれる距離だったので、自走してみたw

船橋駅

ということで、まずは自宅から船橋駅へ。

集合時間が9時半だったので、余裕を見て7時半ちょっと過ぎに家を出発。
いつも通り、江戸川の土手に乗って、ひたすら南下していく。

まぁ、通り慣れた道だし、楽勝だろ、と思っていたんだけど、ここで思わぬ障害が。

羽虫多すぎ!
これだからエルフは・・・(シャドバ脳)

まさかこんなに羽虫が飛んでるとは思わなかった。
おかげで羽虫が口に入ってこないようにするのがすごく大変だった。
今後からはちゃんとマスクなり防御を整えていかないと・・・
(すれ違う人を見ると、多くの人が口をスカーフ?などで覆っていたので、常識なのかな?)

まぁ、何はともあれ、サクッと35kmくらい走って、集合場所である船橋駅北口のタイムズ駐車場に到着。
場所がすぐに分かるかなぁ、という不安はあったけど、すぐに見つけられたのでよかった。

船橋駅〜道の駅しょうなん

今回の参加者は5人と、少し少なめ。
スタッフさんも3人で、合計8人と、前回に比べると大人しい感じだった。
まぁ、これくらいの人数の方が、安全なんだけど。
(長いトレインは危険だからね)

集合場所にズラッと並ぶ、コーダーブルームの自転車。

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いつ見ても壮観w
それにしても、黒いw

全員揃ったあとは、軽く自己紹介して、早速出発。

今回ちょっと嬉しかったのは、越谷市からの参加者がいたこと。
自分の自宅に近いところにコーダーブルーム乗りがいるというのは、嬉しいw
何より、越谷市といえば、ホダカ(※コーダーブルーム、モーメンタム、マルキンのブランドを出している)の本社がある市だしねw

さて、出発した後は、4人ずつに分かれて、ゆるゆると北上。
手賀沼にある道の駅しょうなんを目指していった。

今回はお花見ライドということで、ゆるポタ。
よくあるゆるポタ詐欺なんかじゃ全然なくて、ホントにゆるポタw
坂もほとんどないコースを20km/h〜25km/hくらいでゆるゆる進んでいく。
正直、最近全然ロードに乗っていなかった自分にはありがたかったりw

途中、ちょっとルートを間違えるといったアクシデントはあったけど、無事道の駅しょうなんに到着。

道の駅しょうなん

道の駅しょうなんに着いたのはたしか11時半くらい。

ここでお昼かなぁ、と思ってたんだけど、そんなことはなく。
まぁ、結構混んでいるんで、確かにここで昼食だと、邪魔になっちゃうもんね。

ということで、軽く補給。
自分はいちごソフトをチョイス。

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このいちごソフトは甘くて美味しいのでかなりオススメ。

ちなみに、やたらカブ推しされてて、カブソフトやカブシュークリームなんてものもw
お味は・・・まぁ、好きな人は好きだと思うw
とりあえず甘党の自分はいちごソフトの方が好きかなw

手賀沼サイクリングロード

道の駅しょうなんで軽く休憩した後は、手賀沼サイクリングロードへ。

これまでの道は、街中ということで、それなりに気を使いながら走る必要があったけど、手賀沼サイクリングロードは車を心配する必要がないので、気楽。
おまけに、風もあまりなかったので、かなり悠々と走ることが出来て気持ち良かった。

ずっと東に向かい、橋を渡って対岸へ。

対岸のルートはよく分かっていなくて、いつも車道の方まで行ってしまっていたんだけど、ちゃんと沼沿いに道が用意されているのね。
しっかりと整備された南側に比べると、少し走りにくい感じはあったけど、自然の中を走っていく感じなので、これはこれで気持ちいい。

そんな感じで北側のルートを走っていったんだけど、ここでまたアクシデントw
本日二度目のルート間違いw
手賀大橋を渡ってしまい、道の駅しょうなんに戻ってきてしまったw
まぁ、よくあるよねw

気を取り直して、再び手賀大橋を渡り、お昼ご飯を食べるお店へ。

とんかつ さとう

今回お昼を食べたのは、手賀沼公園の近くにある「とんかつ さとう」さん。

サイクルラックはなかったので、いくつかの自転車をまとめてロックして、店内へ。
いろいろメニューはあったんだけど、壁に掛けてあったランチの定食が優秀だったので、みんなでランチの定食を注文。
自分が選んだのは、おろしカツ定食。
みんなの頼んでいたミックスカツ定食も魅力的だったんだけど、少しさっぱりしたものの方がいいかなと思ったのでw

おろしカツ定食は、こんな感じ。

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いや〜、美味しかったw
ボリューム的にもちょうど良かった感じ。

ちなみに、ミックスカツ定食はかなりボリューミーな感じだったw
メンチカツが有名だったみたいなんだけど、おそろしい厚みで、ど迫力w
けど、意外と軽くてサクッと食べられたとか。
今度来たら食べてみたいな。

小さい春、見つけた!

ご飯を食べた後は、手賀沼公園でお花見・・・の予定だったんだけど、ちょっと早かったみたいで、桜はまだほとんど咲いてなく。
けど、そんな中でも、一本だけ咲いている木があったので、みんなでパシャパシャと記念撮影。

まぁ、自分はその後ろ側にあったパンジー(のはず)がキレイだったので、そっちを撮ってたりw

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もちろん、桜も撮ったけどw

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陽光という桜らしい。
陽光ビショップ・・・(シャドバ脳)

柏駅

そんな感じで、ちょっとした春を楽しんだあとは、柏駅へ。

手賀沼公園から柏駅はすぐなので、サクッと到着した。
サポートしてくれていた車よりも早く着いたくらいw

無事到着したので、軽く締めて、ここで今回は解散

ちなみに、次回は4月後半くらいの予定だとか。
また参加したいな。

柏駅〜自宅

と、オーナーズライドはこれで終わりなんだけど、今回は自走で帰る予定だったので、まだまだサイクリングは終わらず。

実は、この柏駅〜自宅が一番大変だったw

越谷市の方がやはり自走で帰るということだったので、自分も一緒に帰ることにした。
途中までは自分が先頭を走っていたんだけど、運河に出る道が分かりにくいから、途中ではぐれちゃうかもなぁ、と思っていたところ、先頭を代わってくれるということだったので、せっかくだから代わってもらった。
結論から言えば、自分が走ろうと思っていた道と同じだったので、自分が先頭を走っていてもよかったんだけど、この方の速いこと速いことw
普通に巡行35km/hくらいで走っていくものだから、けっこう必死になって回して、ついていくのが精一杯だったw
いや〜、もっと鍛えないとな(^^;

それにしても、運河に出るあの細い道、自転車乗りの間だと割と知られてる道なのかな?
まさかこの道を通るとは思わなかったので、それが意外だった。

そのあと、江戸川の土手まで出て、玉葉橋を渡ったところで、越谷の方は野田橋の方へ向かっていくということだったので、そこで別れた。
あとは軽く数km走って、無事自宅に到着。

合計でちょうど100kmくらいのライドで、こんなに走ったのは久々だったので、けっこう疲れた。
けど、これから暖かくなってくるし、またどんどん走りに行きたいな。

今日はここまで!

時間に関する思考実験。

哲学

この前、言語の限界に関する考察を書いた。

この中で、時間論について少し触れた。

なので、昔書いた時間に関する思考実験を少し。
書いたのは、2004年11月3日。


時間についての、自分の考えをとりあえずまとめたもの。

とりあえず、思考実験を。

問1.
もし時計が一つだけあるだけで、完全に外界から隔離された部屋があるとする。
もちろん窓もない。
寝るときに時計は12時を指していて、起きたら9時を指していた。
何時間寝ていた?

問2.
周りの時間だけをストップさせる魔法を覚えた。
さっそく唱えてみると、みんなピタっと動きを止めた。
時間が再び動き始めたとき、止まっていた人たちは時間が止まっていたと気付くだろうか?

どうだろう。
質問の意図も考えてみて欲しい。

* * *

問1.について。
普通に考えれば、9時間、と推測するしかない。
けれど、寝ている間に誰かが時計を進ませていれば、もっと短いかもしれないし、時計がゆっくりと動いていればもっと長いかもない。
あるいは、一日以上寝ていて、実は33時間寝ていたのかもしれない。

結局、寝ている=意識がない間に時間がどれだけ過ぎたのかについては、外界の情報(この場合は時計)から推測するしかなく、その間に「本当はどれだけ時間が過ぎたのか」は知ることが出来ない。
(お腹がすいてたから、こんなもん、と推測できる人もいるかもしれないけれど、そんな感覚も結局「外界の情報」なわけで)

このように考えてくると、そもそも何の前提もなしに「時間」なるものがあるのか、という問題がある。
普通の感覚だと、「時間」なるものがあり、それにしたがって運動が行われている、となるだろう。
けれど、上で見たとおりに「時間」というのは「物が動いていたんだから時間も進んでいたに違いない」と推測することでしか得られない。

例えば、太陽がさっきは東にあったけれど今は真南にある、だから時間が経ったんだ、と推測は出来るけれど、本当にそうだと言い切れるのだろうか。
自分の意識のない間に、太陽がすごい勢いで真南に行ってしまっていたという可能性を、どうして消すことが出来るんだろう。

物理とかで運動方程式を習うと、物が時間をパラメータにして運動方程式にしたがって動くように思われるけれど、実際はその逆で運動の様子を運動方程式に当てはめることで時間が得られているといえる。

* * *

問2.について。
じゃあ、物の運動によって時間が定められるのであれば、物の運動が連続であれば、時間も連続であると言い切れるのか、というのが問2.の意図。
時間が止まっていたことに、当然止まっていた人たちは気付きようがない。
なぜなら、「時間が止まっている」ということを認識する「意識」が働くためには「時間が動いていないといけない」から。

よくマンガであるように、物の場所が変わっていれば気付く、という意見もありそうだけど、問1.での帰結どおり、物が動いていたらそれは時間が(自分の知らぬ間に)過ぎてしまったんだと推測するしかない。
(目の前から急にコップが消えていたとしても、今度は時間が過ぎてしまっていたのではなく、コップがワープしたと考えるだろうし。そして、超常現象でワープが起きたのか、それとも時間が止まっていたのかは知ることが出来ない)

これはさらに言ってしまえば、時間が巻戻りを繰り返していたとしても、それを知ることが出来ないことにもつながる。
例えば、時間があるところまでいって、そこから1日逆戻りをしたとする。
でも、時間が戻ってしまえば、時間がそこから1日進んでいたという事実を経験している人は時間が戻ってしまったんだからいなくなり、時間が1日分戻ったことを知っている人はいなくなる。

まとめると、以下のようになる:

  • 運動が時間に従うのでなく、運動から時間が得られる。
  • 時間が止まっている瞬間というのが存在するかどうかは、知ることが出来ない。
  • 時間が逆戻りをしているかどうかは、知ることが出来ない。

「時間が早く感じる」などの問題は、自己同一性の問題と絡んで、現象学的なアプローチで説明が出来る。


この思考実験を踏まえると、言語の限界で書いた時間論というのが、なんとなく伝わってくるんじゃないかな、と。

今日はここまで!

『21世紀の貨幣論』を読んでみた。

経済 読書

最近、『21世紀の貨幣論』を読んで、これが非常に面白かったので紹介。

21世紀の貨幣論

21世紀の貨幣論

お金はどのようにして生まれたのか

普段、何気なく使っているお金。
けど、よくよく考えてみれば、不思議なもの。

例えば、1000円札を出せば1000円のモノが買えるけど、なんでこんな紙切れ1枚で1000円もの価値のあるモノと交換できるのかと考えてみると、不思議。
だって、ただのモノとしての紙切れ1枚には、そんな価値はないわけだから。
実際、例えば戦国時代とかにタイムスリップしたとすれば、そんな紙切れを何枚積もうとも、モノを手に入れることは出来ない。
けど、今の世の中なら、かなりのモノを手に入れることが出来る。
これは何故なのか。

これにはいろいろな説明の仕方があると思う。
法律でお札の価値が保証されているからだとか、受け取ったお札を使えば今度は自分がそのお札で別のモノを手に入れることが出来るからだとか。

ただ、それは「今」の話であって、「昔」はそうではなかったわけで。
となると、気になるのは、どのようにしてそのような「システム」が生まれてきたのかということ。
だって、例えば仮にいきなり法律で「今日からこの紙切れは1000円の価値を持つようになります」と宣言されたとしても、それが急に受け入れられるようになるなんてことはないわけだから。
それが受け入れられるようになるには、それなりの下地がかならず必要になってくる。
でも、その下地がどのように生まれてきたのかとなると、かなり不思議。

これは言語の起源を考えるときに似ているものがある。
というのも、言葉というのも、ただ一人が言葉を使えるようになったとしても、意味がないものから。
言葉を話す誰かと、その言葉を理解する誰かがいて、その言葉は初めて意味をなすようになる。
同様に、お金というのも、それを使う誰かと、それを受け取ってくれる誰かがいて、初めて意味をなす。
しかも、その受け取ってくれる誰かというのは、当然そのお金を他の誰かが受け取ってくれるのを期待できるのでなければ、受け取るはずがない。
なので、そこにはさらにお金を受け取ってくれる誰かが必要になってくる。

これは、堂々巡りにも似た部分がある。
つまり、お金を受け取ってくれる人が他にいないのであれば、お金を受け取ってくれないし、お金を受け取ってくれる人が他にいるのであれば、お金を受け取ってくれる。
「この命題は真である」という命題が、偽と仮定すれば偽、真と仮定すれば真となるような。
そのいずれであってもこの命題の真偽は安定してしまって、他方へ移ることはない。
(それ故、この命題は真偽が定まらない)

となれば、「お金のない世界」から「お金のある世界」への変化には、とんでもなく大きな飛躍があるわけで。
どのようにしてこの大きな飛躍が成し遂げられたのかーーすなわち、お金はどのようにして生まれてきたのかーーというのは、かなり不思議と言わざるをえない。

よくある説明

お金がどのようにして生まれてきたのか、という疑問に対するよくある説明は、以下のようなもの:

まず、昔は物々交換でモノのやりとりをしていた。
けど、そこには一つの困難があった。
自分が何かを欲しいと思ったとき、その何かを持っている相手も同時に自分の持っている何かを欲しいと思わなければ、交換は成立しないということ。
それでは不便なので、やがて誰もが欲しがるものを介して交換は行われるようになった。
(例えば、自分は相手が提示してきたモノなんていらないけど、そのモノなら欲しがってる人は絶対いるだろうから、とりあえずそのモノを受け取っておいて、あとでそのモノを使って自分の欲しいものと交換する)
そして、その誰もが欲しがるものとして、やがて耐久性があって加工しやすく持ち運びもできる金や銀が使われるようになり、やがてお金になっていった。

これはなんとも納得がいく説明。
この本でも、著者が経済学を学んだことのない友人に「お金はどのようにして生まれたのか」を聞いてみて、友人はこの説明をしている。
さらにいうと、アリストテレスジョン・ロックアダム・スミスも同様の説明をしていると、この本は書いている。

アダム・スミスと同じ説明を出来たということで、この友人は鼻高々で、著者に「お前はこう考えているんじゃないか。経済学の学位を取るために何年も勉強してきたのに、あの時間は無駄だったんじゃないかって」と問う。
これには著者も困ってしまう。
違った意味で。

確かに、これはちょっと困ったことだった。
しかしそれは、友人が経済学の訓練を受けないでこの説にたどり着いていたからではない。
まったく逆だ。
問題は、経済学の訓練を何年も受けてきた人たちがこの説をうのみにしていることなのだ。
この説は明快で、直感的に理解できるかもしれない。
だが、現代の標準的な貨幣論には欠陥がある。
この学説は完全にまちがっているのだ。
(『21世紀の貨幣論』より引用)

貨幣の歴史に学ぶ

ここからこの本では、時代を行ったり来たりしながら、貨幣の歴史に学んでいく。

物々交換経済は存在したのか

そもそも、本当に物々交換なんてあったのか、というのが、そのスタート地点。
というのも、そのような物々交換を行なわれていたという事実がなかったのであるとすれば、先程の説明は全く意味をなさないものになってしまうから。

そこで、研究者たちは、そのような物々交換を行なっている部族、あるいは、行われていた記録を探していくのだけど、結果は否定的なものだった。

この文脈に照らせば、ヤップ島(※ミクロネシアにある島で、石貨が使われてた)にマネーシステムがあるのは驚くべきことだった。
理屈としては、経済がこれほど単純なら、物々交換で運営されていていいはずである。
ところがそうはなっていない。
ヤップ島には高度に発達した貨幣と通貨の仕組みがあった。
これは特異な例だ。
しかし、こうした原始的な経済にすでに貨幣が使われていたのだとしたら、物々交換経済はいつ、どこでみつかるのだろう。

フィーネスのヤップ旅行記が出版されてから一世紀の間、この疑問は研究者たちを悩ませ続けた。
歴史的な証拠、民族学的な証拠が積み上がっていくと、ヤップはますますアノマリーには見えなくなった。
研究者たちは物々交換で取引をしている社会を探したのだが、歴史上にも、同時代にも、そうした社会を見つけることができなかった。
(『21世紀の貨幣論』より引用)

ヤップ島の経済

ヤップ島の経済というのは面白く、石貨が使われていたのだけど、その石貨というのが実際に交換されて移動するといったことはめったになかったという。
これは、普段お金を使ってる感覚からすると、かなり不思議な感じがする。
「金は天下の回りもの」ということわざもあるくらいなわけだから。
じゃあ、どのように普段はやりとりしていたのかというと、実は信用取引が行われていた。
簡単にいうと、「貸し」と「借り」を記録しておいて、定期的に決算を行うというやりとりが行われていた。

例えば、AさんとBさんとCさんがいて、AさんがBさんに何かモノをあげたら、Aさんは「貸し1」が記録され、Bさんには「借り1」が記録される。
同様に、AさんがCさんに何かモノをあげたら、Aさんには「貸し1」が追加され、Cさんは「借り1」となる。
さらに、BさんがCさんに何かモノをあげたら、Bさんには「貸し1」が追加され、Cさんは「借り1」が追加される。
さて、ここで決算になったとする。
Aさんは「貸し1」が2つで「貸し2」、Bさんは「貸し1」「借り1」でプラマイゼロ、Cさんは「借り1」が2つで「借り2」。
なので、Cさんは「借り2」の分だけ石貨をAさんに渡して、全体の貸し借りが帳消しされるようにする、と。
(もちろん、決算の時点で貸し借りが全て清算されていたら、石貨を動かす必要なんてない。けれど、経済はちゃんと回ってる!)

このように、普段は「貸し」「借り」を管理して、それで打ち消せなかった分を示すための印として石貨が使われていたのだという。

ヤップ島のフェイ(※石貨のこと)が交換の手段でないのだとしたら、何がそうだったのだろう。
それ以上に重要なこととして、ヤップ島のマネーがフェイでなかったのだとしたら、いった何がヤップ島のマネーだったのだろう。

この2つの問いに対する答えは、とても単純だ。
ヤップ島のマネーはフェイではなく、その根底にある、債権(※貸し)と債務(※借り)を管理しやすくするための信用取引・清算システムだったのだ。
フェイは信用取引の帳簿をつけるための代用貨幣(トークン)にすぎなかった。
(省略)
ヤップ島の経済より規模の大きな経済でも、効果や通貨は必要だろう。
しかし、通貨そのものはマネーではない。
信用取引をして、通貨による決済をするシステムこそが、マネーなのである。
(『21世紀の貨幣論』より引用)

「貸し」と「借り」と「お金」

お金を債権(貸し)の量を表すものだと考えると、これは非常に分かりやすい。
すなわち、モノやサービスを売ることで、社会に対して貸しを行い、その貸しの量を表すものとしてお金を受け取る。
お金をいくら持っているのかというのは、自分がどれだけ社会に貸しがあるのかを表し、すなわち、社会からどれだけ借りを受けることが出来るのかということを意味する。
なので、お金を支払うことで、社会から借りを受けるーーすなわち、モノやサービスを買うーーことが出来て、それで減った貸しの分だけお金が手元から離れる、と。

昔、『絶望先生』でお金の価値が逆転した世界ーーモノを買うとお金がもらえ、お金を払って仕事をする世界ーーが扱われたことがあって、とても面白いなと自分は思ったのだけど、この「お金は債権(貸し)の量を表すもの」という見方が出来ていると、このお金の価値が逆転した世界で何が起こっていたのかというのは、すぐに分かる。
すなわち、この世界では「お金は債務(借り)の量を表すもの」となっている。
モノやサービスを買うと、社会に対して借り(債務)を作っているわけだから、その借りの量を表すものとしてお金を受け取ることになる。
そして、モノやサービスを売ることで、その借りを返していき、返した分のお金が手元から離れる、と。

「お金」を「何か価値があるモノの代用物」とか「交換のための潤滑油」といった捉え方しか出来ていないと、この『絶望先生』の世界に出てきた「マイナスのお金」というのはとても説明のしづらいものにしかならないけど、「貸し」「借り」の考え方が出来てると、このようにすんなりと説明がつく。
物の見方というのは、すごく重要。

なぜ逆転は起きたのか

このヤップ島の話を始まりに、古代メソポタミア古代ギリシャ、中世ヨーロッパなどの歴史を見ていきながら、お金(マネーシステム)がどのように生まれてきたのかや、どのような問題を引き起こしてきたのか、それに対して、どのような対策が行われてきたのかなどが、この本では書かれている。
その中には、お金の悪い面に対抗するために、スパルタやソビエトがどんな政策をとったのか、という話も。

いずれも面白い話なのだけど、その中でも特に重要なのが、お金に対する見方の逆転はなぜ起きたのか、という話。

金本位制の崩れた今となっては「お金はモノだ(あるいは、価値あるものの代用品だ)」と考える人は少ないだろうけど、冒頭に書いたお金の生まれの説明が鵜呑みにされるほど、「お金はモノだ」という考え方が広く一般に染み渡っていたのは事実。
けど、歴史を紐解いてみると、その考え方が一般的になったのは比較的最近で、昔はそんなことはなかったという。
つまり、お金の見方に対する逆転というものが、そこでは発生している。

じゃあ、その逆転がいつ、どのようにして起ったのかーーもっと言えば、この逆転を起こしてしまって、それ以来その間違いが定説となるようにしてしまった大罪人が誰なのかと言えば、ジョン・ロックがその人だったりする。

議会は大蔵省のウィリアム・ラウンズに答えを求めた。
生え抜きの官僚として財務大臣に任命されたばかりのラウンズは、豊富な実務経験と金融界や商業界との幅広い人脈があり、優れた知性とイギリスの貨幣の歴史に関する広範な知識を持っていた。
ラウンズの報告は、的確で、説得力があり、現実を反映した常識に沿ったものだった。
(省略)
1695年12月、立憲政治という新しい政治体制の理論を打ち立て、立憲主義思想の最大の擁護者であったロックは、議会に招聘され、ラウンズの報告書に対する意見を求められた。
ロックはラウンズの提案(※インフレが起きていたので、それに合わせるように貨幣に含まれる銀の量を減らすべき、というもの)とそれを支える思想を辛辣に批判した。
(省略)
実際には、「人々は取引において、名称や呼称のためではなく、その内在的価値のために、つまり、そうした名称や呼称の正貨に含まれていると公権力が保証する銀の重量を得るために契約するのである」。
(省略)
ラウンズの主張で正しいものは、改鋳は適切だということだけだと、ロックは断じている。
しかし、犯罪行為による悪鋳をただ黙認する改鋳は行うべきではない、磨損・盗削硬貨を回収して、銀の法定重量を満たす硬貨に鋳造し直す改鋳を行うべきであると、ロックは主張した。
(『21世紀の貨幣論』より引用)

これでどうなったのかというと、ロックの影響力があってロックの案が採用され、結果はもちろん大失敗。
現実に即してインフレさせる(硬貨の増やす)べきだったところをデフレさせた(硬貨を減らした)わけだから、そのあとの混乱は酷いものとなった。

けど、これ以来、ジョン・ロックの唱えた貨幣観(お金の価値は、そのお金に含まれる銀(や金)の量によって決まる、という見方)は一般的なものになってしまう。
なぜかと言うと、それはお金に関する「ある問題」を見えなくさせてしまう効果があったから。

その問題が何かといえば、お金の「標準」ーー「1円」の価値はどれくらいなのかーーをどうやって決めればいいのか、という問題。

お金がモノではなく、社会的なものなのだとしたら、その価値というのは相対的にしか定まらないことになる。
となると、その基準をどのように決めるのかというのは、難しい話となる。
実際には、この基準を巡って、君主と人民の間でせめぎ合いが行われてきた。

しかし、ここでロックの貨幣観になると、その問題は消えてしまう(正しくいうと、見えなくなってしまう)。
というのも、ここでは「銀(や金)」の「重さ」によってその貨幣の価値は固定されてしまうから。
「重さ」は自然現象なわけだから、そこに君主や人民の政治が介入する余地はなくなることになる。

ただ、これは本来相対的な空間に仮の原点を与えているようなもので、本質的には問題は消えていないし、場合によってはより根深い問題を残してしまう可能性がある。
(そして、実際問題を起こしている)
けど、このように単純化されたモデルは、ニュートンが絶対空間・絶対時間の上に見事な古典力学を構築したように、古典派経済学として大成し、その後の主流になっていく。

リーマンショックと女王の質問

さて、そんなロックによる逆転がどのようなことを引き起こしたのか、ということで出てくるのが、リーマンショック

リーマンショックがあったあと、女王エリザベス2世は、経済学の世界的権威たちに、次のように質問したという:

「なぜだれも危機が来ることをわからなかったのでしょうか」

この質問に対して、この本は以下のように答えている:

古典派のマネー抜きの経済学から、現代の正統派マクロ経済学が発展した。
マネー社会の科学は、大学で教えられ、中央銀行に採用された。
一方、バジョットの実務家の視点に立った経済学からは、ファイナンス理論が発展した。
売買のツールは、ビジネススクールで教えられ、銀行と債券トレーダーに取り入れられた。
一方は、マネー、銀行、金融が存在しない経済を理解するための知的な枠組みであり、他方は、マネー、銀行、金融を理解するための枠組みがあり、それ以外の経済の要素は登場しない。

こうした隔離政策がとられた結果、2008年に危機が発生して、金融セクターが史上最大のマクロ経済のクラッシュを引き起こしたときも、銀行セクターが崩壊して経済が危機から脱却できなかったときも、現代マクロ経済学と現代ファイナンス理論はまったく役に立たなかった。
幸運だったのは、ローレンス・サマーズが指摘したように、危機対応の指針となる別の系譜があったことだった。
(※別の系譜については、この本で説明されている)

しかし、「なぜだれも危機が来ることをわからなかったのでしょうか」という女王の質問に対する答えは単純明快である。
マクロ経済を理解するための大きな枠組みに、マネーが組み込まれていなかったからだ。
そして、「自分たちがこんな危ないことをしているのだと、どうして気づかなかったのか」という、多くの人が銀行や規制当局に突きつけたいと思っていた疑問に対する答えもまた、単純明快だった。
金融を理解するための枠組みに、マクロ経済が組み込まれていなかったからである。
(省略)
二つの貨幣観は、マネーをとらえる視点が変わっただけのことのように見える。
しかしその視点のちがいが、大きな乖離を生むことになったのである。
(『21世紀の貨幣論』より引用)

つまり、ロックの貨幣観が導入されたことで、古典派では貨幣もモノの1つであると扱われるようになり、特別扱いされなくなった。
結果、そこには貨幣や金融といったものが出てこない理論が構築され、それゆえ、金融面で生まれていた大きなリスクを見つけることが出来なかった。

2001年には、世界的に有名なマクロ経済学者で、後にイングランド銀行総裁に就任するマービン・キングが経済学の現状を憂いている。
「経済学はマネーを研究する学問だとほとんどの人が考えている」が、実際はまったくちがうと、キングは言う。
マクロ経済学者同士の会話には、『マネー』という単語は滅多に出てこない」。
マクロ経済学者が使う標準的なモデルにマネーが組み込まれていないため、将来、問題が起きるのではないかと、私は考えている・・・マネーは今後、経済学者同士の会話にたくさん登場するようになるだろう」とキングは警告した。

将来、問題が起きるというキングの予測はあたり、世界規模の金融危機が発生した。
しかしそれは、経済学者同士の会話に「マネー」という単語がたくさん登場するという、もう一つの予測が外れたからにほかならない。
(『21世紀の貨幣論』より引用)

他方、貨幣や金融というものがロックの貨幣観によってマクロ経済学から締め出され、それについて研究するようになったのが、ファイナンス理論だと言える。
こちらは逆に、貨幣や金融しか扱わないので、そこで生まれたリスクがマクロ経済や社会にどのような影響を与えるのかを考えることが出来ない。
そのため、そのリスクは恐ろしいまでに大きく膨れ上がってしまっていたのに、その恐ろしさに誰も気付くことが出来なかった、と。

これからの経済学

しかし今や、アインシュタイン相対性理論を生み出してニュートンの絶対空間・絶対時間を過去のものとしたように、歴史に学ぶことによって、ロックによる間違った貨幣観も過去のものになろうとしている。
今はまだ、マイノリティのようだけど。
ただ、これがちゃんとメジャーな考えとして定着するようになれば、今までロックの貨幣観によって隠されてしまっていた様々なものが見えてくることにより、もちろん理論としては複雑になるけど、よりマトモな、現実に即した経済学が生まれてくることが期待できる。

実際、この本の中では、銀行がどうあるべきかという問題に対して、分析と提案を行なっている。
それは、いくつか疑問点はあったけど、とても妥当な提案に思えた。

今後、経済がどうなっていくのか、期待。

「(省略)マネーは社会的な技術であって、モノではない。
標準的な貨幣感が間違っているせいで、マネーが機能しなくなっている。
しかし、マネーは人類が発明した最強の自治の道具であり、正しい貨幣観もすでにある。
もう一つの貨幣観に立てば、マネーの潜在的な力を発揮させられるようになる。
もしおまえがそう考えているなら、専門家に手紙を書くだけではだめだ」
「それなら、だれに手紙を出せばいいんだ? だれがマネーを管理しているんだ?」
「ーーおまえならこの答えの意味をわかってくれるよな。マネーを管理しているのは、おまえだ」
「マネーを使っているすべての人ーーってことか」
「そう。正確には、そう言うべきだと思う」
「だとすれば、本当にマネーを改革しようとするなら・・・」
「・・・最後は、俺たち自身の問題になってくるだろうな」
「そんなの知ってたよ」
ーーそう言った友人の顔は、自分がずっと正しかったことを確信したもののそれだった。
「何かを成し遂げようと思ったら、自分でやらなければだめなんだ」
(『21世紀の貨幣論』より引用)

今日はここまで!

21世紀の貨幣論

21世紀の貨幣論

言語の限界について考えてみた。(まとめ)

哲学 まとめ

これまでの各記事は以下から。


記事の中でも書いたけど、ここでは次の3つの「限界」について言及している:

  1. 言語考察の限界
  2. 言語で指し示すことが出来るものの限界
  3. 言語で伝えることが出来るものの限界

1つ目は言語のもつ自己言及性に関する議論、2つ目は言語のもつ構造性に関する議論、そして3つ目は言語と世界との結びつきに関する議論になっていて、それゆえ、自分の『哲学散歩道』シリーズで言及した「正しさ」「関係性」「身体性」と関係の深いものになっている。
(「正しさ」の議論は、「その議論の正しさ」について考えないといけないという自己言及性がある)

1つ目については、時間論の議論も交えて、今使っている言語それ自体についての考察をすることは出来ないことを示した。

2つ目については、1つ目の議論を踏まえて、言語のモデルについて考えることで、そこに限界がないことを示した。

そして、最後、3つ目については、その関係性の中だけでは限界の存在しない言語に、現実世界において限界を与えるものが身体性であることを示した。
まぁ、過程の議論はほとんど出来なかったけど。


この議論の中で、限界のモデルについて言及している。
それと関係の深い記事が、以下:

また、言語と身体性の関係については、以下の記事の中で似た問題意識を扱っている:

あと、自己言及問題について扱ってる記事は以下:


時間論についてはまだこのブログでは取り上げていないので、近いうちに取り上げたいかな。

今日はここまで!

ウィトゲンシュタイン―言語の限界 (現代思想の冒険者たち)

ウィトゲンシュタイン―言語の限界 (現代思想の冒険者たち)

言語の限界について考えてみた。(その5)

哲学

前回の続き。

今回が最後で、書いたのは2007年の12月30日。


言語に対するモデル

「犬をください」これは授業で扱ったプリントに載っていた四コマの出だしである。
この後、店員はどんな種類の犬を欲しがっているのかを尋ねるのだが、客の主張はどんな種類の犬でもなく「犬」が欲しいというのだ。
これに対して店員はほとほと困ってしまうというのが四コマのオチである。

この四コマは重要な示唆を含んでいる。
すなわち、「犬」というと「これが犬だ」という具体的な何かがありそうなものであるが、「犬」なるものが実際に存在するわけではない、ということだ。

実際に存在するのは、「そのもの自体」でしかない。
それを人は「犬」や「猫」などに分類していっていると考えられる。
つまり、「言葉」というのは世の中に分類を与えるものに他ならない。

しかし、気をつけなければならないことが一つある。
このような書き方をしてくると、分類というのは静的でハッキリと与えられているもののように思われるかもしれないが、実際には動的で曖昧なものであり、またこの分類は逐次的に行われることでしか見えてこないということだ。
このことは、「犬を描いてください」と言われたときに大体のイメージでしか描くことが出来ないことや、犬と猫が具体的にいればどっちが犬でどっちが猫であるのかを指摘することは出来ても、その分類の決め手が何なのかをハッキリと述べることが難しいことからも見て取れる。

ここまでのことを一度まとめておこう。

「言葉」というものは世の中に対してーー「色」に関する考察を踏まえれば、私が見たり、聞いたり、経験した感覚に対してもーー分類を与えるものである。
その分類は、しっかりと定まったものが存在するわけではなく、具体的なものが与えられたときに行われ、またそうすることでしか表面的に現れないものである。

これは、ウィトゲンシュタインが『哲学探究』において行っていた「投影法」に関する議論が不十分であることを指摘もしている。

ここで、「立方体」という語を聞くと、ある像が浮かぶとしよう。
それはたとえば立方体のスケッチだとしよう。
どのようにして、この像は、「立方体」という語の使用と適合したり、適合しなかったりできるのだろうか。
ーーきみはこう言うだろう。
「それは簡単だ。ーーそうした像が私に浮かんでいるとき、私がたとえば三角プリズムを指して、これは立方体だというならば、「立方体」という語のこの使用は像と適合しない。」
だが、適合しないというのは本当だろうか?
私がこの例をわざわざ選んだのは、こうした像が適合するような投影方法を想像することがきわめて簡単だからである。
立方体の像は、ある使用をわれわれに示唆していた。
しかし、私はその像を別の仕方でも使用できたのである。

ウィトゲンシュタインは、像の投影方法というものが無数にあることから、ある代表的な投影方法に対してだけ適さないからといって、本当にその語を適用出来ないとしてしまっていいのか、としている。
しかし、これは言葉による分類が静的に存在しているとしてしまっていることがそもそもの間違いである。
それが立方体であるのかどうかというのは、ある固定された像との比較によって行われるのではなく、他の分類との兼ね合いから動的に決定されるものである。

では、この動的な分類はどう行われるのか、というのが問題になるかもしれない。
しかしそれは、「色」についての考察を考えてみれば分かるとおり、「こう感じられる」というその感覚と、人間のパターン認識能力によるとしか答えようがない。
けれどもこれは多くの人が納得のいく感覚であろう。
(これは犬だ、と思うときに、これこれこういった理由だから、と理由を挙げることが出来るだろうか?)

文法についても、同様のことがいえる。
飯田隆の『ウィトゲンシュタイン』では、ふさわしいイメージを持つことがその言葉を理解するための必要条件ではないことを示すために、「てにをは」の例を出しているが、「てにをは」にしても、それを使うことが妥当なのかということは動的にしか判断されないということを考えるべきである。
例えば、「が」を使うべきか、「は」を使うべきかは、実際に言おうとしたときのその自分の伝えたいイメージに近い方が用いられているはずである。
(もちろん、そうしたことは無意識のうちに行われているだろうが。)

長く横道に反れてしまったが、言語に対するモデルの話に戻そう。

先ほど、「犬を描いてください」と言われたとき、大体ではあってもイメージを描けるという事実に注目してみよう。
このことから、実際にはある言葉に対してある程度のイメージを常に持っていることが考えられる。
実際に言語を使って考えていくときには、(意識されることはないだろうが)このイメージが用いられていると考えられる。

気をつけなければならないのは、このイメージというのも動的に変化しうるということだ。
自分が今考えていく中で一番適したイメージというものが実際には使われていく。
ウィトゲンシュタインが心配したようなことは、起こらないのである。

まとめよう。

「言葉」というものは世の中に対して分類を与えるものである。
その分類は、しっかりと定まったものが存在するわけではなく、具体的なものが与えられたときに行われ、またそうすることでしか表面的に現れないものである。
言語を使うときには、動的にそれにあったイメージというものが喚起される。
ただし、それらは普段無意識に行われ、何も意識せずに行われたように表面上は見える。

最後の部分を考えると、ウィトゲンシュタインの言っていたこともあながち間違いではないことが分かる。
わざわざ意識しないで言語が用いられたときには、そこで起こっていることはウィトゲンシュタインの言っている通りだろう。
しかし、それは言語の様子の一部であり、全体を説明することは出来ない。
なので、それでは不十分なのだ。

さて、先ほど先送りした、言語に対して考察を加えるというとき、その対象となっているものというのは具体的にはなんなのかという問題に戻ろう。
この答えは、「言語」というものに対して動的に与えられたイメージに他ならない。
実際、その場その場で「こういう状態なら」という適切な言語の例が挙げられてきているところに注意してもらえれば、これは納得してもらえると思う。

言語の限界

ここまで準備することで、やっと「色」について行った考察で得られた“説明することは出来ても、「感覚」まで伝えることは出来ない” ということがどういった類の限界を意味するのかについて議論することが出来る。

だがその前に、もう一つだけ重要なことを示しておきたい。
それは、言語で指し示せないものはないという事実だ。

これは、簡単な論理で示すことが出来る。
もし、言語で指し示せないものがあったとしよう。
しかし今、そのものを「言語で指し示せないもの」と指し示せたのであるから、これは矛盾。
よって、言語で指し示せないものはない。

このことは、言語というものが本質的に分類を与えていることからも明らかである。
「世の中には2 種類のものしかない。ビールとビール以外のものだ」なんていうジョークがあったが、これは同様のことを暗に示している。

さて、では“説明することは出来ても、「感覚」まで伝えることは出来ない” とはどういった類の限界なのであろうか。
これは、自分の言語の限界であり、言語自体の限界から生じる限界ではない。
このことは、先に示したことより分かる。

そして、その分割はどうやって与えられていたのかというと、自分の世界に対する認識の限界によるものであった。

なので、ウィトゲンシュタイン

私の言語の限界は、私の世界の限界を意味する。

と言ったが、これはこう言われるべきではないだろうか。
私の世界の限界が、私の言語の限界に現れる、と。

* * *

ということで、言語の限界に関する考察シリーズはこれでおしまい。

最後の部分(言語のモデル云々の話)はレポート提出ギリギリになってしまったためにかなり議論がお粗末で、さらに推敲もされてないので結構支離滅裂状態だったりするけど、とりあえずそのまま載せた。
同じ内容の文を書くのに、普通なら少なくとも2~3時間はかけて推敲しつつ執筆するところを、確か1時間もかけずに書いたので、自分の中で言いたいことは出揃っているけれど、どう伝えたるのがいいのか、というところにまで気が回っていない。
今自分が読んでも、議論の流れがどうつながっているのかが不明瞭だし、根拠・具体例に欠くところがある。
表現が足りていないところもあるし。
そのうち、書き直せたらいいんだけどねぇ。
(けど、そうしたら軽く数十時間がふっとぶだろうけれど)

今回の考察では、自分が行ってきた考察のいろんなところと絡ませて議論を進めていく、という形を取っている。
それは、必要性があったというのもそうなんだけど、実はもっと大きな枠から得られる議論を、言語に関する部分だけ抜き出して再構成しているせい。
パッと見では、いろいろな言説が集まって言語に関するひとつの理論を構成しているようだけど、そうではなく、より大きな理論のアプリケーションとして、言語に関して述べているだけということ。
そして、そのより大きな理論という部分こそが『哲学における身体性の復興』だったり。
どこかで体系的に書ければいいんだけど、さすがに大仕事すぎて・・・
自分は遅筆なんで、そんなことをしていたら本業がぜんぜん進まなくなるしね。
ただ、いつかは書いてみたいと思うけど。
そして、どうせ今回の議論を書き直す必要があるのなら、その中で書いていきたいと思う。


ということで、当時書いたあとがき的なものも入れて、おしまい。

あとがき的なところで書いてる「どこかで体系的に書ければ」の成果が(体系的かはちょっと微妙だけど)『哲学散歩道』シリーズだったわけだけど、結局この中で言語論は書いてないなぁ・・・(時間論も)
なので、依然として議論は整理されてないまま(^^;

ここでの議論を軽く整理しておくと、まず言語のモデルを与え、次にその言語のモデルから「言語で指し示せるもの」の限界について考察を行なって(これは言語の限界について考えてみた。(その3) - いものやま。で整理した、この文章で言及している3つの「言語の限界」の1つ目)、最後に「言語で伝えられるものの限界」(3つの「言語の限界」の3つ目)について言及している。
もっとも、最後の言及は結論だけポツンと置いているような感じになってしまっているので、全然議論になっていないのだけど(^^;

最後の主張をちゃんと議論するなら、『哲学散歩道 III』で最後に行なった「正しさ」を支えているものがなんなのか、に似た議論が必要になってくるかな。
すなわち、ここでいう「言語のモデル」というのは、「言語とは、『この自分(この身体)』によって世界に対して生み出された関係性という分類の顕れである」というものなので、当然、その限界は、「この身体」が世界をどう切り分けることが出来るのか、というところに依ってくる、と。
まぁ、これだけだとやはり端的すぎるんで、伝わらないと思うけど。

ちなみに、最後のウィトゲンシュタインの言葉と自分の言葉で何が違うのか、というのがあると思うので、補足。
(というか、自分もたまに「何が違うんだっけ?」となる)
ウィトゲンシュタインの方は、まず実際の行動で示される「言語」(つまり「語りうるもの」)があって、それが自分自身の世界の限界も意味するんだよ、となっている。
一方、自分の方は、「この身体」によって生まれる自分の世界の限界というものが潜在的に存在していて、その限界は(自分が実際に語る)言語の限界として顕在化されるんだよ、となっている。
なので、矢印の方向が逆というか。
私の言語の限界→私の世界の限界、というのがウィトゲンシュタイン、(「この身体」による)私の世界の限界→私の言語の限界、というのが自分。
伝わるかな・・・?

今日はここまで!

ウィトゲンシュタイン―言語の限界 (現代思想の冒険者たち)

ウィトゲンシュタイン―言語の限界 (現代思想の冒険者たち)

言語の限界について考えてみた。(その4)

哲学

前回の続き。

今回は(6)で、書いたのは2007年12月27日。


時間はどこからやってくるのか

「時間はあっという間に過ぎ去ってしまう」「一年はあっという間だった」という言葉はよく聞かれる。
しかし、なぜそう感じるのかということを考えてみると、これは不思議な話である。
実際にはたくさんの出来事があったはずであるし、一年間であれば物理的に一年間分の時間を過ごしてきているはずである。
しかし、思い起こしてみればそれは全て一瞬のことに思えてくる。
これはなぜか。

また、「現在」とは何なのであろうか。
ゼノンのパラドックスではないが、「今」ということを意識した瞬間には、その「今」は既に「過去」になってしまっている。
なぜこのようなことが起こるのか。

答えから言ってしまえば、このようなことが疑問に思えるのは、自分たちが時間の中に存在しているという誤解があるからに他ならない。

物理学での時空間モデルに慣れてしまっていると、時間というものがもともと存在していて、時間にしたがって世の中は動いていくと思いがちである。

しかし、時間というものについてしっかりと考えていこうとするならば、このモデルはいろいろな問題を孕む。
先程の、「現在」とは何であるのかということについて、このモデルでは答えの持ちようがない。

次のように現象学的なモデルを考えると、時間に関する謎というものについては大体説明がつくようになる。

時間というものがもともと存在しているわけではない。
自分たちは、何らかの活動を行う。
その行動を通して「今」という瞬間が刻まれていくことでしか、時間は生まれてこない。

「過去」というものは、潜在的にしか存在していない。
「想起する」という行為によって初めて、潜在的な過去は「想起しているという今」に「過去」として具現される。

なぜ過去のことは一瞬に思われるのか。
それは、想起されるときの「今現在」の時間が当時の時間と比べて圧倒的に短いからである。
(なんなら、当時と同じ時間だけリアルタイムで想起してみればいい。過去が短かったなんてとても思えないだろう。)

「現在」とは何なのか。
それは、今まさに行為を行っているということでのみ指し示されるものである。
「今」ということを意識した瞬間、「今」というのはその「意識しているという今」になってしまい、その意識している対象の「今」は想起されたものーー過去として具現されたものーーになってしまうので、その「今」は既に「過去」になってしまうのである。

このモデルは、一つ重要な帰結を導く。
すなわち、「考察をしている今」において、その「今」自身を考察することは原理的に不可能である、ということである。
なぜなら、その「今」自身を考察しようとした瞬間、その「今」は想起されて「過去」になってしまうからだ。
「今」について考察を行おうとすれば、その考察対象となりうるのは、過去の「今」の積み重ねによって生まれた「イメージとしての今」のみなのである。

言語考察の限界

これまでの「時間」に対する考察を見てくれば、次のことは明らかだろう。
すなわち、「今まさに考察を加えている言語」というものを今現在の考察の対象にすることは出来ない。
そしてこれは、言語の考察に対する限界の限界を示している。


ということで、時間論。

ベースとなる現象学の議論も思考実験もすっ飛ばしてしまっているので、正直これだけ読んで伝わるのかというと、かなりキビシイと言わざるを得ない・・・(^^;

『哲学散歩道』でも時間論に関しては書いてないから、どこかで書きたいとは思うんだけどね。

一応、思考実験は昔のブログで少し書いてて、あと、昔書いた以下の記事の「『ものさし』の恍惚と不安」「数と時と思考」で少し言及はしていたり。

基本となる考え方は、「『時間』が経っている(いた)ことを知るのに、『何』が必要なのか」ということ。
これを考えると、「過去」とか「未来」というのは存在していなくて(正しく言うと、存在しているのかどうか分からなくて)、「現在進行形の(幅を持った)今」だけが存在し、その「今」の中に記憶として潜在的な過去は存在していて、そして思い出す(想起する)ことで「過去」が「この今」に現れる、ということが見えてくる。
また、そこから、「過去」と「未来」の非対称性も見えてきたり。
(過去は「今」に潜在的に存在しているけど、未来は「今」にも存在していない)
あと、世界五分前仮説という有名な話があるけど、この仮説が正しいかどうかではなくて、どうしてこの仮説を立てることが可能なのか、という問いに対して、このモデルは明確に答えを与えてくれたりする。

それはさておき、言語の限界の話に戻すと、最後の部分は少し言葉足らずなところが。

ここでは、

「今まさに考察を加えている言語」そのものを考察の対象にすることは出来ない。

とだけ書いたけど、時間論に関して、

「今」について考察を行おうとすれば、その考察対象となりうるのは、過去の「今」の積み重ねによって生まれた「イメージとしての今」のみなのである。

と書いたとおり、「今」そのものは考察できないけど、「イメージとしての今」、すなわち「今のモデル(時間のモデル)」については考察可能だということに注意しないといけない。
すなわち、「言語」についても同様に、「今使っている言語」そのものは考察できないけど、「言語のモデル」については考察可能だったりする。

ということで、次はその「言語のモデル」についての話。

今日はここまで!

ウィトゲンシュタイン―言語の限界 (現代思想の冒険者たち)

ウィトゲンシュタイン―言語の限界 (現代思想の冒険者たち)

言語の限界について考えてみた。(その3)

哲学

前回の続き。

今回は(4)と(5)で、書いたのはそれぞれ、2007年11月10日、11月24日。


「限界」のモデル

ところで、「限界」という言葉を何気なく使ってきたが、これからより厳密な議論を行っていくために、この「限界」という言葉について、考察を加えておきたいと思う。

昔、友達は限界のイメージについて次のように語っていた。

限界というのは、自分の回りを取り囲む壁である。
自分はその壁の中であれば自由に動きまわれるが、その外側では活動することが出来ない。
努力をするということは、その壁を押していくことで自分の動きまわれる範囲を押し広げていくことだ。

限界を壁に例えるという話はよく聞く。
しかし、このモデルの優れている点は、それを押し広げていくことで自分の動ける範囲を広げていく、という観点を導入したことだと思う。
このモデルはとても納得のいく部分が多い。

例えば、数字の概念の拡張拡張などというものは、このモデルの言っている通りに思われる。
まずは自然数という概念しか存在しなかったが、そこに0の概念が入ってきて、有理数、実数、さらには複素数と、限界を外へ外へと押し広げてきた感じがある。

だがしかし、このモデルにはいくつかの欠点がある。
それは、以下の2つ:

  • 壁の向こう側にあるものが何なのかが分からない
  • 限界の限界に対する考察がなされていない

1つ目の欠点は、特に言語について考えていく場合は重要である。
すなわち、言語の限界の外側にあるものはなんなのか、という問題がまさにそれに対応するからである。

前期のウィトゲンシュタインも、おそらく限界に対して同じようなイメージを持っていたのであろう。
論理哲学論考』でのウィトゲンシュタインは言語の外側を「無意味」と定義し、そのような外側というものについて言うことは出来ず、言語の言語というものはただ「示す」ことしか出来ないんだということを示すので精一杯であったように見える。
このことは、『論考』の序文、

…よって、言語のなかにおいてのみ、限界を定めることができる。
そして、この限界の彼方にあるものは、端的に無意味である。

や、飯田隆の『ウィトゲンシュタイン』での

『論考』を最後まで読む者には、大きなどんでん返しが待っている。
それまでの頁で書かれていることのすべてがじつは「無意味だ」という断言に出会うからである。
その結果、どのような言語表現が意味をもち、どのような言語表現が意味を持たないのかを言うこと、そのこと自体が、「無意味」となる。
(中略)
このとき残される唯一の道は、意味ある言語表現だけを用いること、ウィトゲンシュタインの言い方では、「語りうること」だけを語ることである。

という文章に見て取れる。

2つ目の欠点は少し分かりにくいかもしれないが、次のようなことを考えれば納得がいくと思う。

例えば、練習をすれば人はいくらでも速く走れるようになるのだろうか。
どう考えても、これ以上は速くなれない、という限界がやってくるだろう。
そう、単に「限界」といっても、現時点における限界と、その限界の限界という2つの限界が存在するのだ。

そこで、これら2つの欠点を克服するようなモデルが求められる。

自分が提唱したモデルというのは、次のようなものである。

努力していくということは、石器を鋭利にしていくことである。
現在の石器の鋭利さこそが現在の限界を意味し、またその石器はその石器自身の鋭利さの限界を内包する。

このモデルでは、外側というものはそもそも存在しない。
あるのは、どこまで精錬されているのかという現在の状況と、どこまで精錬することが出来るのか、という限界の限界のみである。
しかも、どれだけ精錬されているのかというのは同時に自由度がどれくらいであるのかということも意味しているから、これは最初のモデルの目指した所を内包していることになる。

今後、限界について考えていくときにはこのモデルが念頭にあることを覚えておいてもらいたい。

自己言及問題

さて、言語について考察を加えていくときに、重要なことが一つある。
それを示すために、次の問題を見てもらいたい:

次の枠内に
数字がいくつずつあるかを
括弧内に数字で記入しなさい。
+--------------------+
| 0 (  )      5 (  ) |
| 1 (  )      6 (  ) |
| 2 (  )      7 (  ) |
| 3 (  )      8 (  ) |
| 4 (  )      9 (  ) |
+--------------------+

自分はこの問題を自己言及問題と呼んでいる。

この解答の一つは、以下の図のようになる:

次の枠内に
数字がいくつずつあるかを
括弧内に数字で記入しなさい。
+--------------------+
| 0 ( 1)      5 ( 1) |
| 1 ( 7)      6 ( 1) |
| 2 ( 3)      7 ( 2) |
| 3 ( 2)      8 ( 1) |
| 4 ( 1)      9 ( 1) |
+--------------------+

実際に数えてもらえば分かると思うが、確かに枠内に0の個数は1個、1の個数は7個、・・・とちゃんとした答えになっている。

この問題で重要なのは、数字の二面性である。
すなわち、この問題において数字は数えるものであると同時に数えられるものでもあるということである。

例えば、1の括弧の中に入る数字は、この枠内に1が何個あるのかというのを数えるものであるが、それと同時にその数字は数えられる数字でもあり、解答例の場合、それは7という数字の1つとして数えられている。
そして、この二面性こそがこの問題に動的な要素を与え、この問題を困難なものとしている。(※8)

さて、言語について考えていこうとしたとき、言語にも同様な二面性があることに気がつくと思う。
すなわち、今言語について考えていこうとしているわけだが、そのとき何を用いているのかといえば、それは今まさに考えようとしてる対象でもある言語に他ならない。

この二面性は、次のような困難を生むことになる。

(※8) これに引数を与える問題を考えてたとき、括弧に入る数字を1桁と限定した場合にはある程度のアルゴリズムが考えられるが、その限定を外したときどう解いたらいいのかは自分には見当もつかない。
・・・とレポートには書いたのだけれど、そのあと整数計画問題として記述出来ることが分かった。

言語について考えること

言語について考察を加えることを考えよう。
そのとき、考察は当然言語を通して行われる。
では、その考察からなんらかの結論が得られたとして、その考察のときに用いた言語も、その結論をちゃんと満たしているのだろうか?

こう言うと、「考察のときに用いた言語」に対して検証を行えばいいだけなのではないか、という声が聞こえてきそうである。
しかし、その検証はどうやって行えばいいのだろうか?

やはり言語を用いて検証が行っていくのでは、今度はそこで用いられた言語について検証を行わなければならないだろう。
そして、その検証においても言語が用いられたのなら、今度はさらにそこで用いられた言語について検証を行わなければならないだろう。
これでは、無限に続く言及に陥ってしまう。
これは、言語を用いて言語に対して考察を加える以上、それが本当にどんな言語に対しても成り立っているのかということは、決して検証出来ないということを意味する。

これは方法論の問題で、もっとうまい別の検証方法があるのだろうか。
それとも、これは言語の考察に対する一つの限界の限界を意味するのだろうか。

このことについて、少し違った視点からアプローチしていってみたいと思う。


ここで、「限界」のモデルに関して言及している。
内容は、「自分探し」に関する記事で書いたのと同じ。

また、上記の文章では、これまた昔書いた記事で紹介した「自己言及問題」についても言及している。

ちょっといろいろ詰め込みすぎな感じはするけど(^^;

実際、ここでは一言で「言語の限界」と言いつつ、いくつかの限界について言及してるので、内容が盛りだくさんになってる。
(そして、当時はレポートを提出しないといけなくて時間もなかったのもあって、きちんと整理しきれてない)

この一連の文章で言及している「言語の限界」は、以下の3つ:

  • 言語で指し示すことが出来るものの限界(この言及はまだ登場してない)
  • 言語考察に関する限界(今回の記事で言及している内容)
  • 言語で伝えることが出来るものの限界(前回までの記事で言及していた内容)

今から思うと、この3つをちゃんと区別して書けばよかったかも・・・

ちなみに、それぞれ順に「関係性」「正しさ」「身体性」と関係のある議論だったりする。
なので、この自己言及問題ではないけど、同様の自己言及に関する話題は『哲学散歩道I 「正しさ」を求めて』の中でも書いている。
というのも、「正しさ」に関して議論するということは、その議論自体の正しさも問う必要があるという自己言及性がやはりあるから。

次は、この自己言及の問題に関して、「言語」でも「正しさ」でもなく、「時間」の観点から議論していく。
(つまり、時間論まで言及していたw 当時の自分、欲張りすぎ!)

今日はここまで!

ウィトゲンシュタイン―言語の限界 (現代思想の冒険者たち)

ウィトゲンシュタイン―言語の限界 (現代思想の冒険者たち)